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主にプロ野球について、セイバーメトリクス的な考えを交えながら好きなことを書いています。

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真理の追求

下記はセイバーメトリクス・リポート/マガジン編集者である秋山さんの一連のツイートです。興味深く読んだのでちょっと紹介します(推敲を経た原稿ではなくあくまで気軽なツイートかと思いますが、こんな形で引用してすみません>秋山さん)。


セイバーメトリクス・マガジン‏@sabermetricsmag
 ディレクションサイドの発言としては怠慢なのかもしれませんが、新しい価値観の浸透には、結局、日常的体験を通じた慣れ親しみが最も効果的だと思うことはあります。というか、逆に理詰めで定着していった価値観なんて、歴史上あったのだろうか。
https://twitter.com/sabermetricsmag/status/273625340834877440

セイバーメトリクス・マガジン‏@sabermetricsmag
 もちろん、単に新しい指標とそれを使った選手評価に慣れ親しんでもらえばいい、というのとは違うんでしょうが。
https://twitter.com/sabermetricsmag/status/273630066284572672

セイバーメトリクス・マガジン‏@sabermetricsmag
 浸透とは何か?ってことですよね。個人的には、セイバーメトリクスの浸透とは、すべての指標(勝敗数以外)の不完全さを認め、それでもなお事実に近づこうとする姿勢の浸透かと。解説者がWARで選手を評価しはじめたとしても、それが浸透かというと…。「おお!」とは思いますが。(文責:秋山)
https://twitter.com/sabermetricsmag/status/273686369254137856

セイバーメトリクス・マガジン‏@sabermetricsmag
 セイバーメトリクスの紹介で、枕に「本当の」「真の」という言葉がよく使われますが、スタート地点を誤っている気が。本当の実力を計測するという仕事の偉大さ(無謀さ)想像できたら出てこない。それに旧指標と新指標は対立するものではなく、事実に挑むステップのひとつで両方偉大。(文責:秋山)
https://twitter.com/sabermetricsmag/status/273687857930067969

セイバーメトリクス・マガジン‏@sabermetricsmag
 長ったらしいのですが「すべての指標(勝敗数以外)の不完全さを認め(前提に?)、それでもなお事実に近づこうとする姿勢」に、日常的な体験を通じ、慣れ親しんでもらえる機会がつくれればいいなという話になるんでしょうか。(文責:秋山)
https://twitter.com/sabermetricsmag/status/273689736080674816


ツイッターで軽めに思ったことを書こうと思ったのですが少し長くなりそうなのでこちらで。

言葉のニュアンスの話にもなるとは思うのですが、セイバリストが言う「真の」とかは、(それぞれの意識はともかく現実には)目標仮説みたいなものかもしれないですね。

「月に向かって打て」の「月」みたいに、本当にそれに届くかという問題ではなく、良いプレーをするための目標設定としてあるというか、そこで筋を考えるというか。

自分がいっぱしのセイバリストかは別にして予想をすると、おそらく、セイバリスト達は、実際の感覚として「真の」といった言葉をそれほど深い意味のあるものとして扱っていないんじゃないかと思います(ちなみに、自分は言うのあまり好きじゃないので言ってないと思います……多分)。

実際、自分で一生懸命データを打ちこみ指標を計算し実験や検証をしてみると、数字の説明力や予測力の乏しさに誰もが打ちのめされます。一定の試行錯誤を経た人間なら誰しもその非力さを知っているのではないかと思います。

その上でどんな顔をして「本当の」「真の」といった言葉を使うのかというと、それはあくまでも自分のやりたいことをとりあえず説明するリードで、詳しくは式(数字)を見てくれというところがあるのではないかと思うんですよね。実際にはそっちで会話しているというか。

示された指標や解析が本当に「本当の」「真の」といった言葉に相応しいか?とかそもそもの議論の成り立ちとしてその言葉が適切か?という人文的発想はすごく薄いような気がします。要は式と統計数値で会話している。まぁこの辺は傍から見てもそうでしょうしこれを認めたからと言って何が許されるわけでもないですが。

それで、たまたま最近読んだから引き合いに出す面もありますが、ネイト・シルバーの科学的予測に関する著作において、科学哲学などにも触れつついかに科学的予測が間違うかを書いておきながら、それでもネイト・シルバーが客観的真理というものの存在に信憑を置くことは大切だと強調していて印象的でした。それは、実体として本当に存在するかとか辿り着けるかということではなく、信憑として、道しるべあるいは思考装置としての問題なんじゃないかと思います。

そういう意味では「すべての指標の不完全さを認め、それでもなお事実に近づこうとする姿勢」のことをまさにセイバリストは「真の」という言葉を通じて言っているんじゃないかな、と。そこでの言葉遣いは不器用かもしれないですけど。

これが秋山さんの諸ツイートとセイバリストの言葉を繋げてより納得する材料になればいいですが、少なくともオタク側の感覚としてはそういう風に言葉を使っている、かもしれない、と思う、というお話でした。
まぁ、目指すところも手段も発想も人それぞれですが……。


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野球全般好きで、プロ野球をよく見ますが特定の球団のファンではありません。
セイバーメトリクス(野球の統計的分析)の話題が多く、馴染みのない方にはわかりにくい内容があるかもしれませんがサイトに体系的にまとめています。

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