盗塁阻止における捕手の肩の重要度
The Overrated Value of Catcher’s Throwing Arms (FanGraphs)
FanGraphsに出ていた分析記事。トピック自体わかりやすく、セイバーメトリクスによくある独特な計算(指標)が苦手という人でも問題なく入っていける面白いものだと思ったのでシェアしてみます。
テーマとして取り上げられているのは捕手の肩。一般的に盗塁阻止に関して大きな責任を負うのは捕手であるとされており、特に「盗塁阻止には捕手の肩の強さが決定的な要素である」という考え方が浸透しています。しかし著者はこの考えは本当だろうかと問いを立て、データを使って実態を探っています。
分析の内容としてはまず、対象を一塁から二塁への盗塁(二盗)に定めます。そして2011年と2012年にMLBで発生した7757の盗塁企図(二盗)から100個を無作為に抽出して標本を作り、その標本に含まれる盗塁について映像をフレーム単位で解析。「投手が投球動作をはじめてからボールが捕手のミットにおさまるまで(投手がかけた時間)」「捕手が捕球してから送球が二塁ベースに入った内野手のグラブにおさまるまで(捕手がかけた時間。元論文でいうpop time)」というふうにそれぞれの時間を記録します。
このようにして集めたデータを元に、それぞれの数字と盗塁阻止率がどう関係しているのかを分析していきます。まず捕手の捕球から送球の完了までの時間(pop time)と盗塁阻止率との相関係数は0.01であり、むしろほとんど関係がないという分析結果です。他方、投手が投球の動作に入ってから投球が捕手のミットにおさまるまでの時間と盗塁阻止率との相関係数は-0.88です。すなわち、投手が消費する時間が短いほど盗塁を阻止できる割合が上がるという強い負の相関関係があることがわかります。
さらに、投手が使っている時間はリリースまでの時間とリリースからの時間(すなわち球の速さ)に分けられます。著者はこのうちどちらがより重要なのかという点についても分析をしており、重要なのは投球動作をはじめてからリリースするまでの時間(元論文でいうmove time)だというはっきりした傾向が出ています。盗塁阻止率との相関は-0.90。球の速さと盗塁阻止率の相関は-0.04。
結論をまとめれば、はじめに立てた問いの「盗塁阻止には捕手の肩が決定的な要素であるという考えは正しいか」に対する答えは否であり、「盗塁阻止は投手がいかにリリースまでの時間を短くできるかでほとんど決まる」という結論となっています。
(著者は最後にreputation(評判)というものについても議論していますがごちゃごちゃしますし派生的なことなのでここでは割愛)
以下はブログ筆者がこの分析を読んだ感想。まず直球で面白い記事だと思いました。盗塁阻止率で捕手の守備を評価するというセイバーメトリクスでもやりがちな評価に一石を投じるものであると思います。もっとも、盗塁阻止には投手の影響のほうが大きいといったことの言及自体はJohn Dewan『The Fielding Bible Volume II』(ACTA Publications、2009)にもありますし実際の評価手法にも既に反映されていますから、発見自体が斬新であるというわけではありません。それでも一般的に興味を持った範囲でできる検証でわかりやすい形にまとめているという点でいい研究記事だと感じます。
セイバーメトリクス云々を別にしても、現に野球界は盗塁を考えるときに捕手の肩というのを重視しているはずで、その行動(思考)様式が果たして有効かという点を冷静に考えさせる結果だと思います。新人の捕手を紹介するときによく遠投何メートルとか、二塁送球が1.8秒だとか言いますよね。しかし盗塁阻止は当然に投手と捕手の共同作業であって、捕手の肩が強かったところで実状としてどれだけ勝利への効果があるかという問題があります。この研究とは別に盗塁というものが得点価値で見れば思ったほど重要でないというセイバーメトリクスの知見もあり、例えば捕手のドラフト指名を考えるときに肩の強さを重要な事項として見ることは総合的な勝ち負けの観点から果たして有効なのだろうかと疑問になります。
この研究のような「(物理的な部分を)実際に測ってみればいいじゃん」というのは観測に曖昧さが生まれるのもあってセイバーメトリクスの世界ではあまり行われません。しかし、もちろん測ってみて何か重要なことがわかるのであれば大事です。さらに、最近はいわゆるトラッキング系のデータが流行りで、高性能カメラ&専用ソフトウェアで物理的に選手やボールの動きを計測して評価してしまいましょうというのはトレンドです。捕手の守備に関してもトラッキングデータによるフレーミングの評価が行われるようになっていて、盗塁阻止に関しても同様にトラッキングデータを使って送球のタイムで評価するとか、盗塁阻止の結果を投手のクイックの速さで補正するとかいう道は十分に考えられます(当然、逆に、投手は盗塁阻止について多くの責任を負うのですから、WARの計算でその点を加味する必要があるでしょう)。その意味でも、このように具体的に切り込んでプレーのダイナミズムを明らかにしていくのは可能性を感じさせる研究です。
最後に、一応この分析には次のような留意点も挙げられるかと思います。
(1)手集計なので仕方がない部分ですが、一般的な結論として自信を持つにはサンプルサイズが少ないように思います。またどの時点をもって「投手が投球の動作を開始した」「捕手がボールを捕球した」と言えるかについては観測者によって偏り・ばらつきも出るかと思いますので、その点は注意が必要でしょう。別の誰かが独立に追試をした結果が得られれば理想的です。
(2)著者も述べている留意点として、投球が届いた位置や捕手の送球の位置などがどう絡んでくるかが明らかにされていません。また右投手・左投手の違いやイニングなどシチュエーションの問題までは今のところ踏み込まれておらず、とにかく「二盗」をひとまとまりとして捉えています。今後このような点に踏み込んで見てみるともう少しケースバイケースの結論が出るかもしれず、「捕手の肩はそんなに重要じゃない」と大雑把に言ってしまうのは馴染まなくなる可能性もあります。
FanGraphsに出ていた分析記事。トピック自体わかりやすく、セイバーメトリクスによくある独特な計算(指標)が苦手という人でも問題なく入っていける面白いものだと思ったのでシェアしてみます。
テーマとして取り上げられているのは捕手の肩。一般的に盗塁阻止に関して大きな責任を負うのは捕手であるとされており、特に「盗塁阻止には捕手の肩の強さが決定的な要素である」という考え方が浸透しています。しかし著者はこの考えは本当だろうかと問いを立て、データを使って実態を探っています。
分析の内容としてはまず、対象を一塁から二塁への盗塁(二盗)に定めます。そして2011年と2012年にMLBで発生した7757の盗塁企図(二盗)から100個を無作為に抽出して標本を作り、その標本に含まれる盗塁について映像をフレーム単位で解析。「投手が投球動作をはじめてからボールが捕手のミットにおさまるまで(投手がかけた時間)」「捕手が捕球してから送球が二塁ベースに入った内野手のグラブにおさまるまで(捕手がかけた時間。元論文でいうpop time)」というふうにそれぞれの時間を記録します。
このようにして集めたデータを元に、それぞれの数字と盗塁阻止率がどう関係しているのかを分析していきます。まず捕手の捕球から送球の完了までの時間(pop time)と盗塁阻止率との相関係数は0.01であり、むしろほとんど関係がないという分析結果です。他方、投手が投球の動作に入ってから投球が捕手のミットにおさまるまでの時間と盗塁阻止率との相関係数は-0.88です。すなわち、投手が消費する時間が短いほど盗塁を阻止できる割合が上がるという強い負の相関関係があることがわかります。
さらに、投手が使っている時間はリリースまでの時間とリリースからの時間(すなわち球の速さ)に分けられます。著者はこのうちどちらがより重要なのかという点についても分析をしており、重要なのは投球動作をはじめてからリリースするまでの時間(元論文でいうmove time)だというはっきりした傾向が出ています。盗塁阻止率との相関は-0.90。球の速さと盗塁阻止率の相関は-0.04。
結論をまとめれば、はじめに立てた問いの「盗塁阻止には捕手の肩が決定的な要素であるという考えは正しいか」に対する答えは否であり、「盗塁阻止は投手がいかにリリースまでの時間を短くできるかでほとんど決まる」という結論となっています。
(著者は最後にreputation(評判)というものについても議論していますがごちゃごちゃしますし派生的なことなのでここでは割愛)
以下はブログ筆者がこの分析を読んだ感想。まず直球で面白い記事だと思いました。盗塁阻止率で捕手の守備を評価するというセイバーメトリクスでもやりがちな評価に一石を投じるものであると思います。もっとも、盗塁阻止には投手の影響のほうが大きいといったことの言及自体はJohn Dewan『The Fielding Bible Volume II』(ACTA Publications、2009)にもありますし実際の評価手法にも既に反映されていますから、発見自体が斬新であるというわけではありません。それでも一般的に興味を持った範囲でできる検証でわかりやすい形にまとめているという点でいい研究記事だと感じます。
セイバーメトリクス云々を別にしても、現に野球界は盗塁を考えるときに捕手の肩というのを重視しているはずで、その行動(思考)様式が果たして有効かという点を冷静に考えさせる結果だと思います。新人の捕手を紹介するときによく遠投何メートルとか、二塁送球が1.8秒だとか言いますよね。しかし盗塁阻止は当然に投手と捕手の共同作業であって、捕手の肩が強かったところで実状としてどれだけ勝利への効果があるかという問題があります。この研究とは別に盗塁というものが得点価値で見れば思ったほど重要でないというセイバーメトリクスの知見もあり、例えば捕手のドラフト指名を考えるときに肩の強さを重要な事項として見ることは総合的な勝ち負けの観点から果たして有効なのだろうかと疑問になります。
この研究のような「(物理的な部分を)実際に測ってみればいいじゃん」というのは観測に曖昧さが生まれるのもあってセイバーメトリクスの世界ではあまり行われません。しかし、もちろん測ってみて何か重要なことがわかるのであれば大事です。さらに、最近はいわゆるトラッキング系のデータが流行りで、高性能カメラ&専用ソフトウェアで物理的に選手やボールの動きを計測して評価してしまいましょうというのはトレンドです。捕手の守備に関してもトラッキングデータによるフレーミングの評価が行われるようになっていて、盗塁阻止に関しても同様にトラッキングデータを使って送球のタイムで評価するとか、盗塁阻止の結果を投手のクイックの速さで補正するとかいう道は十分に考えられます(当然、逆に、投手は盗塁阻止について多くの責任を負うのですから、WARの計算でその点を加味する必要があるでしょう)。その意味でも、このように具体的に切り込んでプレーのダイナミズムを明らかにしていくのは可能性を感じさせる研究です。
最後に、一応この分析には次のような留意点も挙げられるかと思います。
(1)手集計なので仕方がない部分ですが、一般的な結論として自信を持つにはサンプルサイズが少ないように思います。またどの時点をもって「投手が投球の動作を開始した」「捕手がボールを捕球した」と言えるかについては観測者によって偏り・ばらつきも出るかと思いますので、その点は注意が必要でしょう。別の誰かが独立に追試をした結果が得られれば理想的です。
(2)著者も述べている留意点として、投球が届いた位置や捕手の送球の位置などがどう絡んでくるかが明らかにされていません。また右投手・左投手の違いやイニングなどシチュエーションの問題までは今のところ踏み込まれておらず、とにかく「二盗」をひとまとまりとして捉えています。今後このような点に踏み込んで見てみるともう少しケースバイケースの結論が出るかもしれず、「捕手の肩はそんなに重要じゃない」と大雑把に言ってしまうのは馴染まなくなる可能性もあります。
コメント
感覚的に漠然と思っているのとリサーチを組み立てて定量的な結論を出すのとの間には大きな隔たりがありますからね。
一般的な野球解説では一方では投手のクイックを重要な項目として評価しつつ、他方では単純に盗塁阻止率で捕手を讃えてみたりして、その場その場の解説はあるもののゲームの中で何がより重要で誰が価値のある選手なのかといった問題は宙に浮いたままである気がします。
盗塁の抑止については割愛した部分で少し分析されていますが、投手の影響が大きいようですね。
少し気になるのが、この研究では全体的なバッテリーのタイムは阻止率にとって決定的でありながら、捕手の消費する時間は相関がないという結果で変な感じがするんですよね。走者にタッチするまでの時間を競っているわけで時間をかけたのが投手か捕手かは関係がないはずなのですが。
癖を盗まれるかどうかが重要でそもそもバッテリーのかける時間と阻止率にたいして相関がない、とかだったらわかるのですが。
一般的な野球解説では一方では投手のクイックを重要な項目として評価しつつ、他方では単純に盗塁阻止率で捕手を讃えてみたりして、その場その場の解説はあるもののゲームの中で何がより重要で誰が価値のある選手なのかといった問題は宙に浮いたままである気がします。
盗塁の抑止については割愛した部分で少し分析されていますが、投手の影響が大きいようですね。
少し気になるのが、この研究では全体的なバッテリーのタイムは阻止率にとって決定的でありながら、捕手の消費する時間は相関がないという結果で変な感じがするんですよね。走者にタッチするまでの時間を競っているわけで時間をかけたのが投手か捕手かは関係がないはずなのですが。
癖を盗まれるかどうかが重要でそもそもバッテリーのかける時間と阻止率にたいして相関がない、とかだったらわかるのですが。
身長などと同様に肩の強さは先天的素質であり、リードやキャッチング等、その他の要素は練習と経験で上達するという考えが肩の強さを重用しする前提にあるように思えます。捕手は一度決まれば何年も変わらないポジションですし,チャンスを与えるならどうせなら肩の強いやつにしようという考え方ではないでしょうか。
捕手は専門職であり、経験者の目線が一般論としてより強く広まっているポジションだと思いますが、現在のレギュラーを見ても強肩ばかりというわけではなく、日本球界において名捕手といわれる野村さんも森さんも弱肩と言われていたそうですし、地肩の強さで1秒も変わるとは思わないのですが,指導者層が自分がもっと肩が強ければという思いが肩の強さを重用視する要素になってそれが広まっているのかもしれません。
捕手は専門職であり、経験者の目線が一般論としてより強く広まっているポジションだと思いますが、現在のレギュラーを見ても強肩ばかりというわけではなく、日本球界において名捕手といわれる野村さんも森さんも弱肩と言われていたそうですし、地肩の強さで1秒も変わるとは思わないのですが,指導者層が自分がもっと肩が強ければという思いが肩の強さを重用視する要素になってそれが広まっているのかもしれません。
コメントありがとうございます。重要なご指摘かと思います。
(実際の重要性に比して肩の強さを偏重する風潮があるとして)現状何故このような状況になっているかは、単純に目の前のゲームの中で肩の強さがどれだけ重要か云々というより、捕手を選抜して育成する長い目で見たプロセスにおける行動原理に原因がありそうですね。
肩の強さがそこまで重要ではないというのを仮にデータから納得しても、「どうせ捕手にするなら肩の強いやつのほうがいい(技術面と違って育てられないし)」ということに関してはそれほど変化は生じないのかもしれません。
もっとも、「全然打てないけど肩は強いから起用する」といった起用をやめていけば、徐々にでも価値観というかポジションについての捉え方は変わりそうな気はしますが。
(実際の重要性に比して肩の強さを偏重する風潮があるとして)現状何故このような状況になっているかは、単純に目の前のゲームの中で肩の強さがどれだけ重要か云々というより、捕手を選抜して育成する長い目で見たプロセスにおける行動原理に原因がありそうですね。
肩の強さがそこまで重要ではないというのを仮にデータから納得しても、「どうせ捕手にするなら肩の強いやつのほうがいい(技術面と違って育てられないし)」ということに関してはそれほど変化は生じないのかもしれません。
もっとも、「全然打てないけど肩は強いから起用する」といった起用をやめていけば、徐々にでも価値観というかポジションについての捉え方は変わりそうな気はしますが。
投手の投球モーションの速度がピンキリであるのに対して、捕手はほとんど全員強肩の選手だという現状があるからこその数字なのではと思いました。
このデータから捕手の肩の強さはあまり意味がないといって、肩の弱い選手を起用するチームが多く現れると、相関性の数字も変わって来るのではないでしょうか?
このデータから捕手の肩の強さはあまり意味がないといって、肩の弱い選手を起用するチームが多く現れると、相関性の数字も変わって来るのではないでしょうか?
ご指摘わかります。そういった要素もあるかもしれません。
ただしこの分析の場合、肩の強さの尺度と盗塁阻止率の相関を見ているわけではなく、個々の盗塁阻止の送球の速さと阻止の結果の相関を見ています。
肩の強い捕手であれそうでない捕手であれ、強い送球ができるときとそうでないときがあると思われますが、具体的な送球の速さに差があっても結果と相関がないというのがポイントで、この分析の仕方ですとご指摘の懸念の影響は比較的受けにくいと思います。
私がむしろ気になるのは、投手のクイックが速いとき(盗まれていないとき)には刺しやすいのでコントロールを重視してゆっくりと送球ができ、クイックが遅いときには博打を打って急いで送球しないと刺せる可能性がない、という理由によって、結果が先行して捕手の選択が働いているのではないかという点です。
そうすると本来の相関関係を打ち消すような形でノイズが入って、選択を抜きにした場合に得られる相関が消えてしまうのではないかと。
ただしこの分析の場合、肩の強さの尺度と盗塁阻止率の相関を見ているわけではなく、個々の盗塁阻止の送球の速さと阻止の結果の相関を見ています。
肩の強い捕手であれそうでない捕手であれ、強い送球ができるときとそうでないときがあると思われますが、具体的な送球の速さに差があっても結果と相関がないというのがポイントで、この分析の仕方ですとご指摘の懸念の影響は比較的受けにくいと思います。
私がむしろ気になるのは、投手のクイックが速いとき(盗まれていないとき)には刺しやすいのでコントロールを重視してゆっくりと送球ができ、クイックが遅いときには博打を打って急いで送球しないと刺せる可能性がない、という理由によって、結果が先行して捕手の選択が働いているのではないかという点です。
そうすると本来の相関関係を打ち消すような形でノイズが入って、選択を抜きにした場合に得られる相関が消えてしまうのではないかと。
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盗塁の責任は投手のクイックによるところが大きいというのはよく聞きますが
ここまではっきりデータで示されたものは初めて見ました
同じように盗塁抑止との関連も調べてみたら別の傾向が出るかもしれませんね
こちらは映像解析より平均からの乖離で出すことになりそうですが